モナコGP:ギリギリの人間ドラマ

伝統のモナコGP。
土曜日に起きた騒動にのみ話題が集中しがちだが、
アロンソのレース巧者ぶりが際立ったレースだった。

アロンソは、第1スティントでオーバーステア症状だったのだが、
あえてプッシュせず、ライコネンが抜いてこないことを確認して、
ペースをコントロールしていた。
そして、ライバルがリタイヤした後は、
次のレースを想定して、エンジンを温存しつつペースダウン。
完勝だったよね。

じゃあ、ライコネンに勝機が無かったかと言えばそうではない。
燃料搭載量はライコネンの方が多く、あのまま走り続けていれば、
逆転の可能性はあっただろう。
願わくば、あのまま最後までバトルを見たかったよね。
というわけで、唯一、土曜日の件を除けば、
満足度の高いレースだったと言える。

さて、その騒動について・・・。

最初に言っておきたいのは、ミハエルの輝かしいキャリアの価値は、
決して損なわれない
ということだ。
なぜなら、彼の記録は、人知れずトレーニングに励み、
スタッフを尊重し、さらに誰よりも強く勝利を渇望することで、
打ち立てられた記録だからだ。
このことは、F1ファンの皆さんが見てきたことだよね。
もし、彼のレースが本当に汚れたものならば、
これほどまでに人々の尊敬を集め、
人々の心を打つドライバーになり得るわけがないものね。

ただ、今回の件は、さすがにペナルティに値する。
故意かミスかということではなく、
あの場所にクルマを停めたこと自体、マナー違反でありペナルティ。
とはいえ、確信犯かどうかと聞かれれば、
確信犯に限りなく近いだろうな。
たしかに、直前のブレーキングまではミスだとは思うけどね。
F1ドライバーならば、あの場所にマシンを止めることが、
どういうことか分かるはずだから。

また、モータースポーツ全体への影響を考えると、
今回のFIAの判断は正しいと思う。
あれを許していたら、下位カテゴリーを闘う若い子たちに対しても、
良くない影響が出るからね。

でも、ミハエルの全てが否定されるわけではない。
タイトル争いをするライバル、アロンソはとてつもなく手強い。
ここで勝たなければ、そのライバルに突き放されてしまう。
そして、名声とプライド。そういう極限状態でのギリギリの判断として、
人間の感情が間違った判断を下してしまうこともあるのだ。
僕もF1を闘った者として、賛成はできないけど理解できる。

F1の歴史を紐解けば、タイトル争いに絡んだ疑惑は数多くある。
しかも偉大なチャンピオン達やエンジニア達によって、
その人間ドラマは繰り広げられてきた。
当事者にとっては、あの瞬間の選択肢として、
他には無いように見えたのだろう。
そういうことまで含めて、僕はF1という人間ドラマが大好きだ。

今シーズン、残りのレースで繰り広げられるであろう、
ミハエルとアロンソの人間ドラマに、僕は注目したい。
でも、ぶつけ合いやインチキはF1ではない。誤解の無きよう・・・。

PS:サンマリノGPのホンダに関して、
  「去年グレーな問題で出場できず、データが無い。」云々と
   テレビ解説で言ったところ、多くの方々から「規定違反は明確。」
   と指摘を頂いた。あれが規定違反なのは僕も分かってはいたけど、
   そこまでして勝利を求めたギリギリの選択だったことを思うと、
   はっきり言えなかったんだよね。一生懸命頑張った末のギリギリの
   選択だったと思うわけ。F1は、そういうルール違反ギリギリの
   せめぎ合いまで含めてF1なのだ。あくまでギリギリ。
   「ルール違反やインチキまで含めてF1だ。」と言い切るのは
   危険なことだ。

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